ちょっと遅ればせだけど 佐村河内

何かと世間を騒がせた佐村河内。
このことについて書く音楽家やミュージシャンも多いのではないかと思います。

純粋な音楽の価値とは?ということについては、もう分かってることじゃないだろうか?
絶対的な価値基準のない芸術は、いつの時代だってどう拾われるかなんて分からないです。

だから、その話題じゃなくて。

色々見たり読んだりしてみると…彼はサイコパスじゃないか!?
実際の人物像については、僕もその専門家ではないので、断定はできませんがサイコパスだと思っています。

その前提で。

まだまだそういう種類の人が、サイコパスだということを知らない人も多いので、それに分類されるであろう人たちと関わってしまって、本当に極度なサイコパスの被害に会った方に比べたら大きくはないのですが、小なりとも被害に会ってしまった僕としては、この存在についてを広く認知してもらいたい一人です。
なぜなら “そこに分類される人格者がいる” ということを知っていれば、自分でその対処法を取れるからです。
だからこそ、こういうニュースがある毎に書いていきたいと思います。

僕は被害に会った当初、このことを知りませんでした。
だから「話せば分かる」と思ってたんです。
結局は何を話しても何も伝わることなく、それとの関係を断ちました。
正確に言うと断てました。
その後、ある会話の中でそういう存在がいる、ということを聞き調べてみて、驚くほどその特徴が当てはまることに、ゾッと寒気が走ったのを覚えています。

サイコパスについての特徴を紹介しているサイトもありますが、精神的に滅入るかも知れませんので自己責任でお願いします。
サイコパスとは何か?

リンクサイトにも書いてあることを抜粋させていただきますが、ざっと挙げられる特徴として以下があります。

●口達者で一見魅力的(カリスマ的である)
●非常に良く嘘をつく
●同情を引こうとする
●感情が浅く、思いやりがない
●無責任で問題行動が目立つ
●衝動的に行動する
●攻められると逆ギレする

自分の経験や調べたりしたところでは、その度合いにもレベルがあるようですが、最たる分かりやすい人物として “麻原彰晃” が挙げられます。

このことを知らないと特に危険だと思うのは、自分がどれだけ洗脳されているかに気づけないところだと思います。
佐村河内の奥さんしかり、麻原信者しかり。

僕も最初は尊敬や憧れもあり、喜びですらあったのです。
僕はこの経験のお陰で、カリスマ性のある人物を簡単に尊敬できないようになりました。
それが良いか悪いかはわかりません。
しかしそれを知る以前の僕は、上記リンクサイトにある「サイコパスの被害に会いやすい」人物像でした。
結果的に自分自身がそこから大きく変わることができたので、今となっては自分が目指している、二胡奏者として上を目指すということにとっては必要な経験にもなったと思っています。

人は特異な人に惹きつけられる特性を持っていると思います。
だからこそそういう人物像を取り上げるメディアは決してなくならないだろうし、芸術の善し悪しや作品性よりも前に、人は特異性やある種のカリスマ性で人を判断することも変わらないでしょう。
人格ではなく。

僕もホンのちょっとそれが欲しいところではありますが…。

彼らには、可能であるなら関わらないようにすることが一番の解決方法です。

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