レベルと方向性 – 4

レベルと方向性4回目です〜。
前回からの続きで、
1.楽しいと悲しいの方向の違いは、なぜ悲観する必要がないか?
2.楽しいと楽しくないの違いは、どこに原因があるか?
の内、は1.さらに書いていこうということでした。

前回の記事は“レベルと方向性 – 3

鼻に指突っ込んでるよ〜

ここまで1.について書いてきた結論として…
僕の経験からですが、何を選んでも必ず賛同者はいますので、間違いではないですよ!ということです。
大切なのはその選んだ題材と選択をしっかり掘り下げて、他の人に伝える方法を考えましょうということです。
難しいテーマを選ぶ場合は、その掘り下げ方、アプローチや、演奏の表現方法をよりしっかり考える必要が出てきますが、ここからは2.の領域に入りますので、また次回に続けていきましょう。

こういうのって芸術に限らず日常生活においても同じことが言える場合が多く、反社会的な行動を除いては、人の意志がどこに向いてるのかを見て、それを尊重し合いながら人間関係が成り立っているっていうことと同じことだと思いますが、それもそれで意外と難しいものですね(^_^;)

その選択の方向自体、大まかな右か左かの2択ではなく、ちょっと上めの右だったり、左斜め下45°だったり、1次元ではなく2次元的な全方位に拡がって方向があります。
更には前回のカレーかラーメンか、そして醤油ラーメンか豚骨ラーメンか?のように、方向が無限に枝分かれしたり…とか、もっと言うと2次元どころか、3次元、多次元的な…そして方向だけじゃなく、題材の問題もありますので、単純に考えたら単純ですが、複雑に考えたらキリがありません。

複雑に考えたらキリがないので単純に戻しますが、2次元で考えた場合。
発信する側(自分)の選択ともう一つの要素、受け手側の要素も加わります。
例えば “右” を選択した場合、どのくらい右だったら相手の許容範囲なのか?にもよります。
この許容範囲は、“右” って言ったら180°の範囲内であればオッケーの人もいますし、大体右って45°くらいの範囲だよね〜とか、ピンポイントで誤差10°以内って言う人もいるでしょう。

つまるところ、結局はやっぱりキリがなくなるので、商業ベースを考えない限りにおいては、発信側は何を選んでも間違いではないですよ!ということです。
結局戻るんです。
なので、まず大まかな段階の選択で批判を受けても、修正する意味がありません。
むしろ自分の進みたかった方向をねじ曲げて、全くの逆方向に進み続けて行くと、かなりのストレスで精神的に良くないです。
しかし、ある程度の角度の方向修正ができる柔軟な器は持ちたいですね。
問題はどんな右に、どれだけ奥に進めていけるかと言うことが課題になってきます。

もう一つの問題は、例えばある権威が「その方向は正しくない」と発言した場合です。
影響力という意味で問題です。
もしそれが発信したい人にとって、その権威の人が言う正しくない方向が、自分の発信したい内容だった場合、それも気にすることはありません。
その方向がその権威にとっては正しくないということなだけです。
経験や実体験からの発言なので、それも間違いではないことは確かですが、無限にある正解のうちの一つです。
全ての人において万能の方法だとは言えないと思っています。

レベルと方向性。
これまでは主に方向というものについて書いてきました。
次回は両者が入り組む領域になりますが2.についてです。

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