レベルと方向性 – 6

レベルと方向性シリーズ、今回でやっと終わりっぽいです。
このブログを書き始めてもうすぐ1年が経ちます。

鼻に指突っ込んでるよ〜

技術的なことを知りたいと思う方も少なくないんじゃないかと思われる中、まだまだそれについて書くことも足りていません。
でもなるべく早い段階で、芸術、音楽のレベルと方向性については書いておきたいと思っていました。
これって改めて書いてみると、当たり前にも思えることだと思うのですが「なんかモヤッとだけど、なんとなく感覚はわかる」などの概念を、言語化するということをしてみないと、なかなか整理がつかないことだったりします。

だからこそ敢えて、誰が知ってるかも分からない、音楽の勉強も20代後半から始めた、たかがイチ二胡奏者の僕が、ご大層にも二胡や音楽、芸術というこのテーマを取り上げさせていただきました。
僕の考えや価値観によって選んだ、このブログの方向です。

前回の記事は “レベルと方向性 – 5

表現というのは社会に対してのプレゼンテーションなので、常に自分の考えたものを誰かに批評されるというリスクに晒されます。
しかし自分の考えに一致した人がいた場合、これほど幸せなことはありません。
だからこそ、僕はこの道を選んで、ハマっちゃってやめられんです(^o^)

前回記事に書きますよ〜って最後にしめた、僕が目指す二胡演奏家としての方向性、そして講師としての方向性。

僕は二胡を弾く前は、歌ものの音楽しか聴いてこなかったです。
邦楽ではオフ・コースとサザンが大好きでした。
洋楽ではR&Bにハマり、スティービー・ワンダーにたどり着きました。
クラシックとか、民族音楽とか全然聴いてませんでした。
二胡の音楽を初めて聴いた時、とっても歌える楽器なんだという印象でした。
当然最初の目標は、前述のアーティスト達の歌を二胡で弾けるようになったらどんなにステキだろう!でした。
二胡を始めてから中国曲やクラシック、日本の童謡・唱歌、他の民族音楽の素晴らしさも知ることができましたので、色んなジャンルのイイなぁと思う曲は何でも演奏しますが、二胡に対する基本的な考え方は今も変わりません。
歌では到底目指せるはずもないものが、二胡では目指せるんではないかと思ったんです。
結果知ったのは、何でも練習と積み重ねが大事なんだなぁと(^_^;)
そして、オリジナル曲は二胡を始めてから、初めて形にしたものですが、音符や楽譜の書き方は分からないまでも、鼻歌で勝手に作ったフレーズを口ずさんだり、スーパーファミコンのソフトなどで、作ったりという遊びはしてきました。

今はオリジナル曲で、絵が浮かんでくるような映像的、且つ歌にも聞こえてきそうで思わず口ずさむような、そしてベタにならず、奇抜にもならず、頭の中でなんかリフレインするメロディー・楽曲を作る、と言うのが、僕のテーマになっています。

講師としての方向性は、ちょっと長くなってきましたので、改めて別の項目を立てて、奏者・アーティストとしてのPRと講師としてのPRを書きたいと思います。
この2つの職業、やってみて思ったことは…どっちも好きです!
二胡と出会えて良かった!

レベルと方向性。
まだ自分のレベルが至ってない問題を、好きではない(方向性・嗜好性の)問題と勘違いして解決しようとすると、何を選んでも恐らくは達成できません。
逆に提供された作品の中で、自分の嫌いなものをレベルが至ってないと勘違いしてしまうと、無限に選択肢のある芸術という表現手段の可能性を、自分で狭めてしまうことになると思います。
好き嫌いは誰にでも、僕にもあります。
それを無くすのではなくて、嫌いなものでもどこが嫌いかを把握した上で評価できれば、その方向は選ばないという意味で、それを自分の表現に反映できるわけです。
自分の方向をより明確に定めていく経験を積めるわけです。
その為には色んな方向、色んなレベルのものを見聞きしていく必要があると思います。

終わりって書いたけど、多分なんかまたこんな感じのテーマで書くことが浮かんできそうな気配です。
一応このレベルと方向性シリーズは終わりと言うことで、また技術的なことも書いていきたいと思いますが、こんな感じのものも浮かんだら挟んでいきたいと思います。

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