何度も言う

子供の頃。親に何度も言われた言葉。
「勉強しなさい」
「あきらめたらそこで終わり」
その時は「何度もうるせーなー」と思っていて、「ああ、あの時言ってたことはこういうことだったのか〜」と身に沁みるまでには、とても時間がかかりすぎました。

鼻に指突っ込んでるよ〜

あの時もっと言ってくれてたら…なんて思っても、その時は絶対に分かりません。
だって言われたことの必要性を身に沁みて感じる体験を、まだしてなかったんですから。

幼少の頃、母親は僕にピアノを勧めてくれてました。
その時はイヤだ〜と思って頑なに拒んでいました。
今思うと…すげーやっときゃ良かったよ〜〜〜〜!!

何の話かって言うと、基礎のお話しです。

弓の毛で弦を捕らえる指先の感覚や、毛で弦に触れてる感覚を如何に指先で触れるのと同じ感覚で捉えるか?
とか…。
左手で、如何に無理のない体制で、音程を取りやすいフォームを作るか?など、色んな曲を弾くことでしか決して見えてこない領域があります。

楽器は音楽になって初めて、技法の大切さが見えてきます。
音楽になってないうちに基礎だけに固執しすぎると、得た基礎をどうやって音楽に変換するか?までを見落としがちになります。
音楽が面白くないのです。

反対に基礎を伴わず、いきなり難しいことをしようとすると、音楽になりません。

どちらにも偏れないのです。

習い始めの頃言われたことは、ただ言われた通りにすることも、最初は一生懸命真似しようとします。
もちろん最初はそれがベストな方法です。
そして、本当の意味でその言われたことが分かる時が、続けていればきっと来ます。
「ああ!あの時先生が言ってたことはこーゆーことだったんだ〜!」
その時こそが初めて咀嚼できた時です。
一度咀嚼ができたものは、自分で応用発展させていけます。
新たな組み合わせを発見できたりします。

“上達する” と言うことは、新たな技法を会得できるようになると言うことともう一つ、一音を出している一瞬の間に処理できる現状の動作の数を、増やしていくということもあります。

特に最初のうちは、言われた内容の数、同時に処理すべき動作の数が多すぎるのです。
色々処理することに慣れてきた時、初めて脳に余裕が生まれます。
そしてその時は、新たに処理できる数を増やせる時でもあります。

あまりしつこく言いすぎたりはしませんが「ああ!そうか!!そう言うことだったんだ!!」という時が来るまでちょっと間を空けつつも…。

何度も言います。

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