演奏の創造性 -1

ブログを読んでいただいている方からの反応をいただけることは、大変ありがたいですね!
先日このブログを読んで、質問の連絡をくださった方がいらっしゃいました。

質問の内容としては、テクニックがあっても心にグッとこない演奏と、ミスがある人でもいいなぁと思う演奏がある、この違いってなんなのでしょう?というものでした。
このことはこのブログでも書いていこうと思ってた内容です。

鼻に指突っ込んでるよ〜

また、質問のご連絡などいただくこともちょっとずつ増えてきてまして、直接メール等で返信させていただくことが時間的に難しくなっていますが、このブログ上で取り上げさせていただく形で、できる限り答えさせていただきたいと思います。
投稿できるまでの時間はかかると思います〜、すみません(^_^;)
今回の投稿も、連絡いただいた方に許可をいただきました。ありがとうございます!

さて、質問については明確な違いがあります。
それは “創造性” です。
この創造性というものを掘りさげていこうと思います。

音楽というものは芸術の中の、ひとつの表現手段です。
芸術には他にも、絵画、映画、写真、小説、書、演劇、彫刻、造形、他にも体を使ったものとして、ダンス、フィギュアスケートやシンクロナイズドスイミングのような、一部のスポーツにも見られます。
どのジャンルにも技術や理論的な勉強は不可欠ですが、それと同時にその技術や理論をどう活かしたら、人の心に届くのか?ということも、勉強していく必要もありますし、大概は経験と共に覚えていく要素も大きいです。

それらには大まかなフォーマット、ここでこういう手技を用いれば効果的だよ〜という型が存在しますが、そのフォーマットが全てということではありません。
なぜならそのフォーマット自体、先人が発見したものだからです。
人が発見したものということは、絶対的で普遍的なものではないということです。
もちろん、多くの人に受け入れられ、賞賛されてきたものであれば、そのフォーマットはとても有効なものとして後生に伝え紡がれていくものになっていきます。
芸術の理論体系は歴史と共に、発見された有効なフォーマットが積み上げられて構築されてきたものです。
だからこそ、時としてそのフォーマットを壊すことで、新しいフォーマットが生まれることもあったのです。

フォーマットを理解し、応用するのも創造。
新たな別のフォーマットを生み出すのも創造。

どちらも、頭の中で探す作業だということに違いはありませんね。

僕はこの探すという作業、芸術だけに当てはまるものじゃないと思っています。
会社の営業職の方が、新しく効果的な営業法を発見することや、企業家の方が新しいビジネスを生み出すことも人間の創造力の成せる業だと思います。
その生み出された営業法やビジネスのフォーマットが良いものであれば、人に喜ばれたり、感動さえすることもあります。
一昔前にセンセーショナルに登場した5カラーのiMacや音楽流通革命を起こしたiPod。
登場した当時、僕はとても感動しました。
それが表演されるメッセージ性のあるものか、社会の中で活用されるものかの違いはありますが、感動すること…芸術と同じじゃないですか!
スティーブ・ジョブスはすっげ〜強烈なクリエイターだと思っています。

人の持つ創造力はいつでも人の心を動かしていますよね。
とっても勉強になります。

勉強になる、と書いたようにこの創造性はセンスとか才能の一言で片付けられちゃうものじゃなく、勉強できるものでもあると思っています。
次回書く時のこの創造性シリーズ、その辺にも触れていきつつ、実際の二胡演奏における創造とは?にまで持って行きたいですね〜。

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