意志・目的と知識

え〜、久々の二胡ブログです。

これまで主に右手と左手の技術的なことに触れてきたけど、また最初のころに書いた『心技体、知識、知恵』に立ち戻ってみよう。
まだ書いてなかったカテゴリーは、知識。

鼻に指突っ込んでるよ〜

音楽に限らず、専門的な道に進む上でこの『知識』と『技術』はとても重要だと認識してますが、同時に最も罠にハマりやすいのもこのふたつ。
このふたつは時に意志・目的を通り越して、先行して論じられやすいからです。

意志・目的を持った上でその方向に行くためにこそ、それを具現化するために知識は必要不可欠ですし、その知識があれば答えを導き出すまでの時間は圧倒的に早いです。

で、ココが僕のまだまだ時間のかかるところです〜。
イチバン最初に作った曲『雪の降る空』は、二胡を初めてから2年目くらいに作った曲で、コードのことなんてほとんど知らなかったんです。
クラシックギターを始めたお陰で、和音の構成音というものをやっと知れた程度。
とにかく鍵盤で音を探して探して、ものすごく時間がかかったのを覚えています。
未だにコード進行なんかは自身がないので、自分のつけたコードはアレンジや伴奏する方に変えていただいたりもしています。

ですが先にも書いた通り、知識の中だけで目的を作ろうとする方などを、たまにプロの中でも見かけます。
それこそ音楽に限らず。
えっと…自分にとって目に入りやすいものとして、特に政治などに(´Д` )

音楽の場合、ココをこんな風にすれば、これがとっても美しく聴こえますよ〜というのを、それがなぜかを分析して理論体系化したものがいわゆる音楽理論。
僕なんぞは、まだまだその半分も知っているわけではないけど、この動画は素晴らしい音楽のウチのひとつだと思う。



きっと音楽って人間が言語を使う以前から、コミュニケーションの手段として使われてきたツールなんだと思えて仕方がない。
半分も知らなくても、そして全く知らなかった時だって、音楽に心が震える時があったんだから。

高尚な精神世界に触れるのも芸術の楽しみ方だし、もっともっと身近なものにも芸術がある。
自分がこんなことやあんなことを社会に表現していきたい。
そんな目的がまずあってこそ、人の心は動かされるはずです。

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