上京して新聞配達してた時に、若気の至りから土下座したって話〜京都ソロLIVEは大盛況で幕! 2025年6月14日(土)
故郷である山梨の高校を卒業して、絵描きになることを夢見て上京し、デザイン専門学校に入学した。
山梨と東京は地理的には隣の県だけど、同じ隣県であるはずの神奈川や埼玉に比べたら、その時代のカルチャーにはハッキリと都会と田舎の隔たり、格差があるのは上京前から実感していたので、卒業して「いよいよ独り立ちするんだ」と意気込んでいた。
実家はさほど裕福な環境ではなかったので、ちょっとでも親に負担をかけたくないなぁと思い、新聞配達の奨学金制度を使って入学金と学費を前借りして、新聞の営業所が借りている渋谷区初台にある四畳半一間、風呂なしトイレ共用のボロアパートに住み込みながら、1990年代当時週休1日で新聞配達をして返す日々を送っていた。
専門学校って多分どの分野でもそうなのだろうけど短い年数の中で卒業するので、学校から出される課題は相当な量で、もっぱら絵を描く課題を深夜まで毎日こなしながら、早朝3時には営業所に向かって配達を始める、1日に寝る時間はだいたい3時間くらいという、結構キツい生活だったのだが、そんな中でも更にキツかったのが “集金” だった。
なんと集金も配達員が兼業するのだ。
そして集金にはノルマがあって、回収率99%(98%だったかも)を営業所に納入しないとならなかった。
ノルマ未達成分は “自腹” だったのだ。
そのためには配達時間以外にも、学校のない日曜とかにも集金する時間をつくって回収を試みたりもして、結果ダメだったりということもしばしば。
新聞を取っている人の中には、いつ行っても不在で新聞料をなかなか回収できない家なんかもある。
そういう人は何ヶ月も回収できないということにもなりやすい。
若い時なんてただでさえ金が無いのに、自腹分が溜まり込んでいく…。
この歳になって思えば、そんなシステムを奨学生の配達員に課す新聞社って何なの?…と見渡せるのだが、社会を知らない若造にそんな構造が見えるワケもない。
その家の不在が何ヶ月も続き、また集金に行って不在だった時、その状況にとても怒りを感じ家のドアをガーンと蹴ったりもしたのだった。
したらそのドアを蹴った内の1回(結果最後の1回)が、家の当人は不在だったのだがその友人が家にいたようで、ドアベルが鳴っても出るわけにもいかなかったようで、僕がドアを蹴るのをドアの覗き穴越しに見ていたのだ。
その後営業所にも連絡があり、その人に謝りに行く。
その人が土下座を強要したわけではなく、自分のしたことがとても怖がらせるようなことだったんだと思ったら思わず土下座していた。
今思うと悪いのは100%僕で、ただその瞬間は周りのことやその人の生活状況まで想像することができず、自分の置かれた状況だけで何ヶ月もの自腹がイヤだという思いから若気の至りで怒りが込み上げてきてしまった。
…という話を「暁(あかつき)」という曲の演奏前に話した。
新聞配達をしていた1年間は僕にとって生活環境が大きく変わり、これからの自分が形成されていく上でとても印象に残っている1年間だった。
深夜の山手通りを北上して配達し始め、甲州街道に着く頃には夜が白んでくる。
その間およそ3時間弱。
夜が明けるまでの、まるで世の中の時間が暗いまま止まっているかのような世界から、今日も世の中が動き出すまでのものがたり。

5年ぶりの京都での演奏は、皆さまにとても喜んでいただけたようだった。
2020年1月に演奏させていただいた時は、コロナが中国で…ってニュースになってるくらいの印象だったのが、翌月にはコロナがあっと言う間に日本に拡がりだし、3月以降に控えてたイベントが全て中止になっていく。
そうなる前に京都で演奏できたのは本当に良かった。
そしてまた再び京都で演奏でき、お声かけくださった八よしの西村さんを始め、お越しいただいた皆さまに喜んでもらえたのが何よりだ。
二胡が初めて、と仰ってた方は、オリジナル曲に関心を持ってくださり、CDアルバムをご購入くださった。
いつもYouTubeでコメントくださってる方にもお越しいただき、動画で見るよりも生の方がやっぱり感動した、というご感想にホッと胸を撫で下ろした。
独学で二胡をやられている方、そして東京からご夫婦でお越しくださった方もいらっしゃた。
【セットリスト】
カイト
ハナミズキ
地球儀
リベルタンゴ
こもれび
Overjoyed
暁
三文小説
帰り道
踊り子
さくらさくら
SKIPPED BEAT
明日へ
おっさんスモーキン
サザエさん一家
終わって撤収作業も完了後は八よしさんでお食事。
5年ぶりにいただくお食事は、やはりどれもとっても美味しかった。
これぞ料理人さんの味だ。





八よしの西村さんも、ありがたいことにキッカケはYouTube。
僕の演奏動画を見てくださって「ウチで演奏しませんか?」とお声かけいただいたのだ。
そしてコロナ禍から5年。
こうしてまた八よしさんで演奏させていただけてありがとうございました。
そしてお越しいただいた皆様、雨の中本当にありがとうございました!
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