BLOG

今日は午前中に1件レッスンした後、久美子さんのリサイタルに出演すべく昼に駒込を出発。

仙川のせんがわ劇場へ。
着いて一息したら早速サウンドチェックとリハへ。

サウンドチェックとリハ終わって、楽屋で1枚。

終演後のロビーで送り出し時に。

なんか変なことして…のオーダーで。

それをお客さんにも撮られて…

本番終了の送り出し後にステージで1枚。

カメラマンの恭平くんも。

音響の栗山さんと。

暖かい雰囲気で、最初は堅かった表情のkumikoさんも、段々と柔らかく。
やり切った後のやり終えた表情はとても朗らかだった。

もちろん人前で聴かせるだけのある一定の水準はあって、でもまだまだ手放しで全てにおいて賞賛できるとまでは、師としては言えはしない。

それでもお客さんをお呼びして、ホールでリサイタルを開催すると言うことは、そこへの意思をしっかり持って臨まないとできないことだ。
それは例えば彼女くらいに弾ける人がいたとして、彼女のように自主開催でリサイタルを実行しようとする人…となると、そうはいない。

悔しい思いも、かなりイタい思いもしてきて、且つ続けられるか?もっと言うと、それでも二胡を楽しみ続けたいと思えるか?

二胡に限らず大概の愛好家だった人は、成長が見込めないなぁと見切りをつけた段階で辞めてしまう。
成長曲線はレベルが上がるほどに成長度合いに対する時間がどんどんかかるようになってくる。
そうなると楽しくなくなってくるのだ。

kumikoさんがそうだったと言うことではなく、更にはイタい失敗経験だと感じたことでも、それをキッカケに辞めてしまう。
残る人は経験年数に応じてピラミッド的に少なるなるのはどんな道でもあることなのだ。

そんな中で、彼女のやっていることは、まさにそこに意志があることそのものが素晴らしいことだし、その意志を持ち続けてほしいなぁと願う。

同じ道を歩んできて、同じ思いもしてきた先輩である僕だからこそ、同じ道を今正に歩き続けて、乗り越えようとしている彼女を賞賛したいし、更なる高みは目指してもらうべく指導したいし、楽しみ続けられるように先導もしたい。

最後のが僕にとっては1番難しく、指導者たる自分の課題でもある。

またちょっと別の話になるが、演奏家と言っても、僕自身は例えば初めて聴いてもらう知らない人の前で演奏する上で、聴衆を惹きつけるだけの演奏ができるレベルであると自負しているが、それは集客を安定的にし続けられることができる演奏家、とか、仕事がオファーされやすい演奏家の定義ではない。

人気の演奏家であり続けるためには、演奏力以外にプロモーション力も多方面に渡って高いレベルで必要で、僕はそれらを育んでこれなかったと思っている。

彼女を教えてから結構な年月が経つけど、自分自身…いわゆる一般的に言われる人気の演奏家になり切れていないという気持ちもある。
二胡においての人気…ってどのくらい?的な人口規模の小ささでもあるんだけどね。

そんな中で彼女は僕のことを “師” と仰ぎ続けていてくれて、自分の演奏会にゲストとして呼んでくれて、本当にありがとうございます。

また一緒に歩んでいきましょう。

関連記事一覧

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。